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不遇なる一凡才の手記

https://twitter.com/mukashi_otoko

イデオロギー

自民党の政権奪還から4年の歳月が経過した。前回同様、安倍晋三に対するメディアの批判は的外れではあるが激しい。ところで、今次の政権は安倍のお膝元と考えられてきた保守言論界からも批判の槍玉に挙げらている。この身内からの攻撃は主に経済政策に対するものであり、それはイデオロギーが左右の二項対立から「政治」と「経済」の二軸対立に移行したことを示している。下の図は現代日本のイデオロギーを表したマトリックスである。

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・政治

横軸は政治イデオロギーを表す。左は「リベラル」に価値を置く。右は「保守」ではなく「反リベラル」であり、西欧保守思想に依拠する知的な層も、ヘイトを撒き散らすネトウヨも、ポリティカル・コレクトネスに嫌悪を抱く層も区別なく含まれている。

・経済

縦軸は経済イデオロギーを表す。上は「リベラル」に価値を置く。下は「社会」ではなく「反リベラル」であり、ケインズ学派に依拠する知的な層も、時計の針が止まったままのマルクス主義者も、日本型資本主義の復活と高度経済成長の再来を夢見る層も区別なく含まれている。

あらゆる政策の宿命ではあるが、アベノミクスは一貫性のないアベノ”ミックス”に過ぎない。従って、その整合性のない経済政策を「新自由主義」と批判している層は下であり、「利権政治の復活」と批判している層は上である。

・保守分裂

戦後の言論空間は「社会民主主義」の亜種である「戦後民主主義」が一貫してヘゲモニーを掌握していた。それに対抗するために、「新・旧保守主義」と「自由主義」が小異を捨てて大同についたのが「戦後保守」である。つまり昨今の保守派の分裂は、もともと価値観の違う勢力が別の方向へと歩み始めたことを意味している。個別事例を挙げて2軸の対立を俯瞰しよう。

・経済対立 「自由主義新保守主義 VS (旧)保守主義

この対立は既に小泉政権で顕在化していたが、TPP騒動でも再現された。TPP賛成派である「新保守主義」の観点に立つと、反対派の「(旧)保守主義」は共通の敵であるはずの「戦後民主主義」と徒党を組んで、日本経済を弱体化させる「似非保守」に見える。一方、反対派である「(旧)保守主義」の観点に立つと、「新保守主義」は「自由主義」と組んで日本をアメリカに売り渡す「売国奴」に見える。

・政治対立 「新保守主義+(旧)保守主義 VS 自由主義

首相が靖国神社に参拝すると「新保守主義」と「(旧)保守主義」は感涙するが、「自由主義」は「戦後民主主義」と共には呆れ果てる。「自由主義」の観点に立つと、首相の個人的な心情によって隣国との関係を悪化させ、更には経済に対しても悪影響を与える身勝手な行動に見える。ユニクロの社長が「安倍さんは右翼的なところがよくない」と言ったそうだが、これは多くの経済エリートの本音であろう。

社会民主主義戦後民主主義

三派に別れた戦後保守グループはそれぞれの価値観に従って喫緊の課題、例えば「アメリカの衰退と中国の台頭」「グローバル化と格差の拡大」といったものに対処しようとしている。ところが「社会民主主義」は空想を弄ぶばかりで、現実に対して何ら有効な手立てを講じ得ないでいる。その原因は「社会民主主義」というイデオロギー自体にあるのではなく、彼らがその亜種である「戦後民主主義」から脱皮できない処にある。

日本社会の右傾化が叫ばれて久しいが、それは戦後民主主義者の不徳が招いたものである。しかし、彼らの大部分は自分たちの側に問題があると認識できず、その原因が「右側(自分たちに反対する人間を“右”としか判別できない)」にあると考え、見えない敵と一心不乱に戦っているのである。

現実から逃げ、観念に引きこもり、結局のところ自己のナルシシズムを満たしているだけの戦後民主主義者が表舞台から退場し、真正の社会民主主義勢力が現れることが期待される。

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