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不遇なる一凡才の手記

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『世界の多様性 (第三惑星)』

f:id:mukashi_otoko:20160919171614j:plain 『世界の多様性』エマニュエル・トッド著/藤原書店

 

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2014年9月18日、スコットランド連合王国からの独立の是非を問う住民投票が実施された。最大都市グラスゴーでは独立賛成票が上回ったものの、カントリー全体では45%しか獲得できず、独立反対派が取り敢えず勝利を収めた。一方、同年11月9日に行われたカタルーニャでの同種の住民投票は、スペイン中央政府が先手を打ったために法的拘束力はなかったが、約225万人が投票に参加し、81%もの人々が独立賛成に票を投じた。勢いに乗る独立派は2015年9月27日のカタルーニャ州議会選挙で勝利を収め、早速スペインからの分離に向けてのプロセスを開始した。

前者がプロテスタントを奉じるケルト・ゲルマン系の地域である一方で、後者がカトリックを奉じるラテン系の地域であることを考慮すると、両者は西欧文明内の対極に位置するように見えるかもしれない。しかし、もしあなたが本書の読者であれば、人類学上のある重要な共通点に気付くであろう。実は、両地域の家族構造は共に「権威主義〔直系〕家族」に分類されるのである。著者によると、その社会では「民族は共通して強い歴史的な意識をもち」「あらゆる特殊主義、自民族中心主義、普遍の拒否が凝縮」され、「イデオロギー的な自主独立主義が強い」という。

本書の著者エマニュエル・トッドは1951年生まれ。パリ政治学院を卒業後、エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリの薦めでケンブリッジ大学に留学。ピーター・ラスレットの指導の下、博士論文『工業化以前のヨーロッパの七つの共同体』を提出した。いわば「アナール学派」と「ケンブリッジ・グループ」のハイブリッドであり、正統派の社会史家である。

一般的に、政治史や経済史に比べると、社会史は瑣末な研究だと侮られ勝ちである。しかも、その専門分野が家族構造の史的研究となると尚更である。しかし著者によると、家族構造こそが集団の心性に無意識に働きかけ、歴史を背後から動かす「下部構造」なのである。トッドの大胆なアイデアを要約すると次のようになるだろう。「工業化以前の農村社会における家族構造が、近代化以降の政治イデオロギーに反映する。」 

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本書で著者は人類の家族構造を7つに分類し、そこから派生するイデオロギーを詳細に検討している。その中でも「第2章 共同体家族」が最も注目すべき断章であろう。実際「家族構造とイデオロギー・システム」のアイデアは、トッドが外婚制共同体家族とコミュニズムイデオロギーの定着との関係を直観したときに産み出されたのである。

著者によると、外からの強制ではなく、内発的な革命によって共産化した国々の家族構造は悉く外婚制共同体家族である。そこでは、息子たちは結婚後も独立せずに親の下に留まるので、縦型の権威主義的な価値観が形成される。また、親の死後は兄弟で財産を平等に分割するので平等主義的な価値観も形成される。この家父長の権威と兄弟の平等な関係が、一党独裁と万人の平等を産み出したのである。

共産主義革命は、成長した労働者階級を有する工場先進諸国では実現しなかった。共産主義革命のすべてが伝統的な農民家族が外婚制共同体型の国々で生起したのである。”

なぜプロレタリアートを多く抱える工業先進国の英・米・独ではなく、工業後進国の露・中で共産革命が起きたのか。マルクス主義者が頭を抱え続けた問題に対する歴史人類学者の解答である。 

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 トッドの人類学モデルは共産革命の解釈だけでなく、現代史全体にも新たなパースペクティブをもたらす。以下は評者の思いつきに過ぎないので、眉にたっぷりと唾を付けてから軽く読み流して頂きたい。

第二次世界大戦は「日独ファシズム」対「英米デモクラシー」の戦いではなく「日独直系家族」対「英米絶対核家族/中ソ共同体家族」連合の戦いであった。そして冷戦とは同盟の組み換え、すなわち「日独直系家族/英米絶対家族」連合と「中ソ共同体家族」の睨み合いであった。さらに「冷戦後」という概念も再検討する必要がある。たしかにソビエト連邦の解体によってイデオロギー上の対立は雲散霧消したが、それは政治経済的「上部構造」に於ける些末な出来事であって、人類学的「下部構造」に於ける変動ではない。従って昨今のシリアやウクライナを巡る東西対立は、冷戦の復活ではなく戦後体制の持続と考えるべきである。つまり、ベルリンの壁の崩壊は「歴史の終わり」の象徴ではなく、単なる「歴史の塵」に過ぎない。

“私はある夜、バイアの近くで蛍の燐光の花火に囲まれたときのことを覚えています。その微かな光は、輝いては消え、また輝き、真の明るさで夜を貫くことはありませんでした。出来事もこのようなものです。それらの微光の彼方では、闇が常に勝ち誇っているのです。” (ブローデル)

闇の向こうで勝ち誇るもの。それは「家族構造」である。