不遇なる一凡才の手記

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『‟ヨーロッパ”とは何か』

f:id:mukashi_otoko:20170622192307j:plain 『‟ヨーロッパ”とは何か?』リュシアン・フェーヴル著/刀水書房

 

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トロイの木馬”の後姿を見ながら、シャルル・ド・ゴールは草葉の陰で皮肉な笑みを浮かべているに違いない。

Brexit」なる流行語を産み出した2016年6月の国民投票は、その後に西洋世界で流行した右派ポピュリズムの導火線となり、寛容を信条とするリベラル左派の不寛容な正体を暴く愉快な副産物を産み出した。当時、世界中の株屋を震撼させたこの投票結果を希代の煽動化ボリス・ジョンソンの責めに帰する言説が流布したが、もちろん個人は無力であり、出来事は塵に過ぎない。我々は近視眼に陥ることなくヨーロッパを歴史的に考察する必要がある。そのために紐解くべき書物として本書に優るものは存在しないだろう。なぜなら、緒言でマルク・フェロが語るように、「ヨーロッパがどのように誕生したのかというリュシアン・フェーヴルがかけた謎に関して、これ以上鋭い考察が1945年以来書かれただろうか」大いに疑問に思われるからである。

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著者リュシアン・フェーブル(1878~1956)はフランス北東部の都市・ナンシー生まれ。マルク・ブロックと共にアナール学派創始者として著名である。本書は1944~45年という驚くべき期間に、コレージュ・ド・フランスで行われた彼の講義を書籍化したものである。

二つの大戦を経てヨーロッパは物心共に荒廃した。近代兵器が普及した現代社会に於いては、三度目の大戦は即座に文明社会の破滅を意味してしまう。戦争は今や外交の手段と看做すには余りにも危険な存在となってしまったのだ。ヨーロッパを危機から救い出すために、国境そのものを取り払うことで戦争を根絶できはしないか。その微かな希望が多くの善良な人々を欧州連合へと駆り立てる原動力となったのである。しかしながら、歴史を知り過ぎた男は落ち着いた語り口で、その熱情に冷水を浴びせる。

‟定義され、認知され、組織化され、固定的で常置の機構を有し、さらに言うなら、国家あるいは超国家の形を取る政治形成体を、ヨーロッパ人、少なくとも一部のヨーロッパ人はときおり夢見る。けれども、それは常に夢にすぎなかった。したがって、本当に実現する定めなのか、夢のままでいることを宣告されたものか、われわれは自問しなければならないだろう。”

‟ヨーロッパの統一性というものが異論の余地のないものとして近年、でっち上げられた。”

ヴェルサイユ条約が調印されてから、1920年から今日までの時期ほど、人々がヨーロッパを口にし、ヨーロッパのことを想ったことはない。ヨーロッパとは避難所、救済への最後の希望という、危機の観念であることが明らかになったのは、そのときだった。しかし、いかなる現実をも基盤に持たず、いかなる先例も存在しないこのヨーロッパを、どのようにして築けばよいのか。”

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西洋史でアーリーモダンと区分される時代に、ユーラシア大陸の中央部では、清・ムガールオスマン・ロマノフといった大帝国が広大な領地を支配することで、比較的安定した社会が築かれた。我らが麗しき敷島に於いても、天下泰平の江戸時代が到来したことは言うまでもない。

ところが時代の趨勢に逆らうかのように、ヨーロッパ世界は政治的に統合されることがなかった。シャルル勇胆公からカール5世まで。フェリペ2世からルイ14世まで。ナポレオンから‥‥‥誰までとは言うまい、あらゆる試みは水泡に帰したのである。

安定したユーラシアの「世界-帝国」と較べると、戦乱が絶えない不安定なヨーロッパ世界は不運であった。しかし逆説的ではあるが、近代ヨーロッパの発展はこの不運によってもたらされたとするのが、現代歴史学の通説である。

その説明は明快だ。江戸時代の日本が典型であるが、平和と安定は必然的に軍縮を導き、兵器の進化を阻む。一方、ヨーロッパでは小さな国民国家が覇権を求めて争い続けることによって、特に軍事面に於いて圧倒的な力を持つに至った。それが世界史の脇役であったヨーロッパ世界が主役へと躍り出る最大の要因となったのである。

近代とは複数の「世界(ワールド)」が傑出したヨーロッパ「世界-経済」によって、一つの「世界(グローブ)」となった時代であると言えるだろう。そのように考えると、EUの動揺はヨーロッパが本来の姿を取り戻しつつある兆候であり、未だに瑞々しい生命力が彼の地に残されている証であるとも考えられるのである。しかし、その一方でポスト近代の時代に於いては、このヨーロッパ特有の個性が不利に働く可能性もまた否定できない。なぜなら、ヨーロッパは、考察の前提としては、あまりに大きすぎるか、あまりにも狭すぎる。大きすぎると言うのは、ヨーロッパという語が、ひとつではなく、いくつもの異なる政治・文化統一体を包括しているから。狭すぎると言うのは、今や世界全体を問題にせずにヨーロッパを問題にすることが不可能だからである‥‥。

ひょっとすると、未来の歴史家は西暦1000年代後半に政治的に統合されなかったことがヨーロッパ没落の原因とする、現在とは逆さまの評価を下すかもしれない。そして、さらにその未来にはまた逆の評価が‥。

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“ドイツ副首相選”と揶揄されたフランス大統領選挙も無事終わり、戦前の予想通り新星エマニュエル・マクロンが当選した。旧来の政党に属さないものの、実質的にはフランソワ・オランドの後継と目される彼の当選によって、欧州統合派は取り敢えず胸を撫で下ろしているようだ。しかし、選挙は闘争の終わりではなく新たな闘争の始まりである。フランスが直面している困難な課題を考えると、今後も波乱が続くことは明らかであろう。元来、ヨーロッパとアングロサクソン世界を行き来する“不誠実な”島国とは違い、フランスは、望むと望まざるとにかかわらず、その地理的位置から真に中心であり、結合剤の役を果たしている。フランスがなければ、いかなるヨーロッパも持続し得ない。フランスがはずれたら、中核の代わりに穴がひとつあるだけという事態になるだろう。

ヨーロッパの命運を握っている国がフランスであることに疑いの余地はない。そして、ロング・デュレを重視する歴史的視点から考察すれば、いずれ独仏間に新たな“リメス”が再浮上することは確実である。出来事という蛍の燐光に惑わされず闇の奥を凝視する者だけが、ヨーロッパの未来を見通すであろう。