読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

不遇なる一凡才の手記

https://twitter.com/mukashi_otoko

欣浄寺⇒随心院

 f:id:mukashi_otoko:20170416114401j:plain 欣浄寺

深草少将の邸宅跡地と伝えられる寺。本日のブラネトウヨは“百夜通い”です。

f:id:mukashi_otoko:20170416114658j:plain 墨染寺

「深草の 野辺のねとうよ 心有らば 今年ばかりは 墨染に咲け」

f:id:mukashi_otoko:20170416114911j:plain 藤森神社

ここの宮司さんはおもろい人やと思いますよ。

f:id:mukashi_otoko:20170416115115j:plain 勧修寺

昔は大寺院だったそうです。現在は寺というよりも庭園ですね。

f:id:mukashi_otoko:20170416115638j:plain 随心院

雪の降る夜とはいえ、いやしくも少将たる者がこの程度でぶっ倒れるとは‥。やはり日本の課題は今も昔もフィジカルやな。

f:id:mukashi_otoko:20170416115957j:plain 化粧井戸

まあ、伸び代があるとポジティブに捉えましょ。

f:id:mukashi_otoko:20170416120843j:plain 文塚

「色見えで うつろふものは ねとうよの 人の心の 花にぞありける」

広告を非表示にする

『英雄はいかに作られてきたか』

f:id:mukashi_otoko:20170320154805j:plain 『英雄はいかに作られてきたか』アラン・コルバン著/藤原書店

 

                     1

皇帝ナポレオンの生涯ではなく、一介の木靴職人ピナゴの小世界を描き、フランス大革命のカオスではなく、片田舎で起こった群衆の暴動に迫る。アナール学派の一面 ― 偉人や事件を敵視する ―  を徹底して貫き、歴史学に新たな地平を開いたアラン・コルバン。その著書のタイトルに「英雄」の二文字があることを怪訝に思う人もいるに違いないが、もちろん我らが感性の歴史家が、細分化した歴史に飽き足らず、遂に人物と事件の伝統的歴史著述に回帰した訳ではない。本書で彼が描くものは英雄の歴史ではなく英雄観の歴史である。

                     2

ナショナリズムの時代に花開いた近代歴史学には、その原初からネイションの創出に奉仕する“神学的”使命が授けられていた。特に、祖国防衛のために命を投げ出す軍事的英雄がロール・モデルとして崇め奉られたのである。例えば、「怖れを知らぬ、非の打ちどころのない騎士」バヤールがその典型であろう。第二次世界大戦前のあらゆる調査や教科書の中に必ず載っていた彼は、その騎士としての振る舞い、信仰心、そしてとりわけ王に対する絶対的な忠実さによって知られた。しかしながら、バヤールは生身の存在に欠けていた。彼は純粋で、絶対的で、伝説的な雄々しさのかすかな思いでしか残さなかった。これらすべてのことは今となっては過去のものとなり、もはや現代人の賛美の的にはなれなくなったのである。

英雄の座から引きずり降ろされたのはバヤールだけではない。第一次世界大戦時の元帥・フォッシュもまた同じ運命を辿ることになる。近代兵器と記録技術の発展によって戦争から人間的なロマンが失われ、勇ましい英雄を称える心が失われてしまった結果であろうか、戦争に勝利する文化の価値低下が、軍事的勝利をもたらした偉大な将軍たちの記憶が薄れていく方向に作用した。今では失望、後遺症、そして戦後の「トラウマ」に関心が寄せられているのである。

第二次大戦後に起こったこのような変化はフランス的現象で、世界中どこでもそうだというわけではないようだと著者は断りを入れているが、これは心性の”革命”がフランスから始まるロング・デュレの存在を示しているのかもしれない。

                     3

さて、ここで日出る国の事情にも目を向けてみよう。軍神乃木希典は、仮に21世紀に於いてもナショナル・ヒストリーが幅を利かせていたとすれば、おそらくコラム付きで紹介されていたはずの大人物である。しかしながら、山川出版『日本史用語集』によると、高等学校日本史教科書(B)全8冊の中で将軍の名を掲載しているのは僅かに3冊である。これは石坂洋二郎・長谷川町子と同等の扱いであり、松本清張美空ひばり(掲載6冊)の後塵を拝している。もちろん、田中正造北里柴三郎与謝野晶子(掲載全8冊)には敵うべくもない。これは戦争の”勝”敗という出来事を越えて、フランス人と日本人の心性が静かに共鳴していることを意味しているのではなかろうか。

英雄が歴史を作るのではなく、歴史が英雄を作り出す。つまり、我々は過去を描くことによって、実際は現在を描いているのである。人権と平等を信仰し、気晴らしとささやかな快楽を愛しながらも、何より健康を重んじる現代人の歴史観は、我々がニヒリズムの時代へ着実に歩みを進めていることを暗示しているのかもしれない。

桃山御陵

 

f:id:mukashi_otoko:20170219173528j:plain 乃木神社

祭神 乃木希典命・乃木靜子命

f:id:mukashi_otoko:20170219174957j:plain

“大きな仕事よりも、むしろ人格によって、その時世に非常な貢献をする人が、三十年に一度か、六十年に一度くらい出現することがある。そうした人物は、死後二、三十年の間は、ただ功績をもって知られているのみであろうが、歳月の経つにしたがって、功績そのものが、その人格に結びついて、ますます光を放つ時がくる。たとえば軍人であるとすれば、その統率した将士の遺骨が、墳墓の裡に朽ちてしまい、その蹂躙した都城が、塵土と化してしまった後までも、なおその人格と、人格より発する教訓とが、永遠に生ける力となってゆくからである。乃木大将は実にかくのごとき人であったのだ。”

f:id:mukashi_otoko:20170219175222j:plain

‟他の手段によってその名誉心に訴えようとしても、将軍は毫しも動ずることがないが、作詩の讃評を聞く時のみは、小児のように夢中になっていた。バリー君が翻訳して、しかも佳作となったものを齎して、原詩の情調に適する韻律選択の苦心を語るとき、恍惚として両眼を閉じて傾聴する将軍の面影が、髣髴として今なお眼前に浮んでくる。バリー君は将軍の著想を表すのに、シェークスピアの韻律が適するか、又はスウィンバンのが適するか、それを決めるのが困難だと言って説明した。彼は将軍の詩人的性格を讃美して止まぬくらいだから、この問題にはまた極めて真摯であった。そして彼が将軍の作品を論評する時、将軍は始終ポンチ人形のように嬉しそうにみえた。詩歌のことでバリー君が幾度将軍に謁したか分からないが、とにかく度数の非常に多かったことは確実である。”

f:id:mukashi_otoko:20170219175409j:plain

それでは、御陵へ。

f:id:mukashi_otoko:20170219175603j:plain 昭憲皇(太)后陵

綽名は天狗さん。趣味は煙草。

f:id:mukashi_otoko:20170219180441j:plain 明治天皇

‟もしこの人口多く、聰明犀利で、模倣力があり、忍耐強く、仕事好きで、何でも出來る國民の上に、わが國のピョートル大帝ほどの王者が君臨したならば、日本の胎内に隠されている餘力と富源をもつて、その王者は多年を要せずして、日本を全東洋に君臨する國家たらしめるであろう。”

ほな、帰りましょか。

f:id:mukashi_otoko:20170219180816j:plain

あっ、忘れとった!今日は大帝にお願いがあって参りましたんや。

「玄孫さんが落ち着きますよ~に!」

広告を非表示にする

イデオロギー

自民党の政権奪還から4年の歳月が経過した。前回同様、安倍晋三に対するメディアの批判は的外れではあるが激しい。ところで、今次の政権は安倍のお膝元と考えられてきた保守言論界からも批判の槍玉に挙げらている。この身内からの攻撃は主に経済政策に対するものであり、それはイデオロギーが左右の二項対立から「政治」と「経済」の二軸対立に移行したことを示している。下の図は現代日本のイデオロギーを表したマトリックスである。

f:id:mukashi_otoko:20170115185422p:plain

・政治

横軸は政治イデオロギーを表す。左は「リベラル」に価値を置く。右は「保守」ではなく「反リベラル」であり、西欧保守思想に依拠する知的な層も、ヘイトを撒き散らすネトウヨも、ポリティカル・コレクトネスに嫌悪を抱く層も区別なく含まれている。

・経済

縦軸は経済イデオロギーを表す。上は「リベラル」に価値を置く。下は「社会」ではなく「反リベラル」であり、ケインズ学派に依拠する知的な層も、時計の針が止まったままのマルクス主義者も、日本型資本主義の復活と高度経済成長の再来を夢見る層も区別なく含まれている。

あらゆる政策の宿命ではあるが、アベノミクスは一貫性のないアベノ”ミックス”に過ぎない。従って、その整合性のない経済政策を「新自由主義」と批判している層は下であり、「利権政治の復活」と批判している層は上である。

・保守分裂

戦後の言論空間は「社会民主主義」の亜種である「戦後民主主義」が一貫してヘゲモニーを掌握していた。それに対抗するために、「新・旧保守主義」と「自由主義」が小異を捨てて大同についたのが「戦後保守」である。つまり昨今の保守派の分裂は、もともと価値観の違う勢力が別の方向へと歩み始めたことを意味している。個別事例を挙げて2軸の対立を俯瞰しよう。

・経済対立 「自由主義新保守主義 VS (旧)保守主義

この対立は既に小泉政権で顕在化していたが、TPP騒動でも再現された。TPP賛成派である「新保守主義」の観点に立つと、反対派の「(旧)保守主義」は共通の敵であるはずの「戦後民主主義」と徒党を組んで、日本経済を弱体化させる「似非保守」に見える。一方、反対派である「(旧)保守主義」の観点に立つと、「新保守主義」は「自由主義」と組んで日本をアメリカに売り渡す「売国奴」に見える。

・政治対立 「新保守主義+(旧)保守主義 VS 自由主義

首相が靖国神社に参拝すると「新保守主義」と「(旧)保守主義」は感涙するが、「自由主義」は「戦後民主主義」と共には呆れ果てる。「自由主義」の観点に立つと、首相の個人的な心情によって隣国との関係を悪化させ、更には経済に対しても悪影響を与える身勝手な行動に見える。ユニクロの社長が「安倍さんは右翼的なところがよくない」と言ったそうだが、これは多くの経済エリートの本音であろう。

社会民主主義戦後民主主義

三派に別れた戦後保守グループはそれぞれの価値観に従って喫緊の課題、例えば「アメリカの衰退と中国の台頭」「グローバル化と格差の拡大」といったものに対処しようとしている。ところが「社会民主主義」は空想を弄ぶばかりで、現実に対して何ら有効な手立てを講じ得ないでいる。その原因は「社会民主主義」というイデオロギー自体にあるのではなく、彼らがその亜種である「戦後民主主義」から脱皮できない処にある。

日本社会の右傾化が叫ばれて久しいが、それは戦後民主主義者の不徳が招いたものである。しかし、彼らの大部分は自分たちの側に問題があると認識できず、その原因が「右側(自分たちに反対する人間を“右”としか判別できない)」にあると考え、見えない敵と一心不乱に戦っているのである。

現実から逃げ、観念に引きこもり、結局のところ自己のナルシシズムを満たしているだけの戦後民主主義者が表舞台から退場し、真正の社会民主主義勢力が現れることが期待される。

広告を非表示にする

イルミネーション 京都

 

f:id:mukashi_otoko:20161218113757j:plain ル・アンジェ

新興宗教「ポリコレ教」の圧力で”Merry Christmas”が憚れる妙な地域がアメリカには存在するとか。寛容を信条とするポリコレさんに追い出されたら、こちらに来て祝って下さい。

f:id:mukashi_otoko:20161218113942j:plain ノーザン・チャーチ

「ポリコレ教」が隆盛を極めているのは恐らく”Democrat”の強い地域なんでしょうね。洋の東西を問わず「民主」はアホです。

f:id:mukashi_otoko:20161218114156j:plain 府立植物園

『聖書』にはイエスの誕生日に関する記述がないそうです。一説によると、元々あった祝祭日をローマ人が序でに祝うことにしたとか。適当やな~。

f:id:mukashi_otoko:20161218114332j:plain 京都ホテル

そういえば、最近流行の”Halloween”もケルトの祭りが起源だそうですから、我々はどうも滅亡した古代民族のお祭りが好きなようです。まあ、滅亡は他人ごとではありませんが。

f:id:mukashi_otoko:20161218114447j:plain ローム

「保育園落ちた日本死ね!」という言葉が流行語に選ばれて大騒ぎでしたが、そもそも、めぼしい歌枕一つない武州が首都を僭称しとる時点で日本は既に死んどるんですわ。

f:id:mukashi_otoko:20161218114632j:plain 京都駅

ところで、クリスマスにフライドチキンを食う謎の風習が諸外国にバレ始めとるらしいです。これは例えると、アメリカ人が紀元節にとんこつラーメンをすするようなもんですね。なんかオモロイので、電通さんの力で全米中に流行らせて頂きたい。

京都駅 ⇒ 豊国神社

f:id:mukashi_otoko:20161106183513j:plain 京都タワー

醜い京都の象徴‥、ではなくて、京都の醜い象徴「京都タワー」。どこから見ても不細工ですわ。

f:id:mukashi_otoko:20161106183704j:plain 東本願寺

京都反日枢軸の一角、“お東たん”。そもそも「EAST」は成立事情からして政治に左右される運命にあるので、大谷派反日戦後レジーム反日であることの証拠。

f:id:mukashi_otoko:20161106184205j:plain 渉成園

六条河原院跡と伝えられていますが、最新の研究では否定されているそうです。渉成園の少し北に塩竈の地名が残っていますので、その辺りでしょうか。

f:id:mukashi_otoko:20161106184406j:plain

陸奥の しのぶねとうよ 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに」

f:id:mukashi_otoko:20161106184534j:plain

塩竈に いつか来にけむ ねとうよの 釣する舟は ここによらなむ」

さらに東へ。

f:id:mukashi_otoko:20161106184742j:plain 耳塚

この罪は西暦2598年に許して頂けるそうです。気長に待ちましょ。

f:id:mukashi_otoko:20161106184935j:plain 豊国神社

江戸時代には荒廃していたが、明治時代になって再興されたとか。維新には豊臣家を含む西軍の復権という側面もありますね。

 

※おまけ

f:id:mukashi_otoko:20161106185129j:plain 方広寺の鐘

豊国神社に隣接する方広寺の鐘に刻まれた「国家安康 君臣豊楽」の文字。

「よそさんがイケズしはるさかいに‥」と、林羅山が呟いたとか。「あ〜、怖っ!」

広告を非表示にする

『世界の多様性 (世界の幼少期)』

f:id:mukashi_otoko:20160919171614j:plain 『世界の多様性』エマニュエル・トッド著/藤原書店

 

                     1

聖人伝や英雄譚を排除して、「それが実際に起こったままに」記述することを旨とする近代歴史学は19世紀ヨーロッパで始まった。テクスト批判を乗り越えた真正の公文書を蓄積すれば、自ら資料が歴史を語り出す。それが実証主義的な歴史家のアイデアであった。

原子論的に小さな事実を探求するという点で彼らの態度は科学的ではあったが、蓄積された事実から法則を定立する意思に乏しかったため、彼らの描く歴史は個性記述的なアーツに留まった。また、資料の大半を公的な文書に依拠した結果、記述内容が政治・外交史に偏ることにもなった。

他方で、そのような歴史記述に満足しない一群の知性も存在した。彼らは「社会科学の女王」である経済学を利用して歴史の法則を探求した。その主流は言うまでもなくマルクス主義歴史学であり、その影響は20世紀の第3四半期までは猛威をふるったが、その後は学問に於いても、また現実に於いてもほぼ完全に否定された。

更に、マルクス主義の敗北はその「信仰者」だけでなく、歴史学全体にも重大な影響を及ぼした。それは法則定立的な歴史観を揺さぶり、結果として歴史学の存在価値そのものが疑われることにも繋がったのである。大きな物語は消え失せ、些末なテーマを扱った塵のような論文が専門誌を席捲し、まるで資源ゴミのように大学図書館に貯蔵され、現在に至る。

以上のように歴史学が危機に陥った時代背景の下、当時30代前半であったエマニュエル・トッドが、人類学や人口学といった隣接諸科学の知見を利用して、新たな人類史を試みたものが本書である。

                     2

副題にある通り、本書のテーマは「家族構造と成長」である。社会科学に於いて、成長は主にGDPのような経済的指標で語られる傾向にあるが、トッドの定義する成長は文化的なものであり、その指標となる数値は識字率である。それは精神的なテイクオフであり、近代性の獲得と言い換えてもよい。彼によると経済的発展は文化的成長の派生物に過ぎない。つまり、著者は経済発展を識字化の従属変数として捉えているのである。

“1979年の国民一人当たりの生産高によって測定された経済発展の分布地図は、二世紀にわたる産業上の競争を経て、結局のところ1850年頃のヨーロッパの識字率の高低分布図を再現するものとなっている。スカンジナヴィア、ドイツ、オランダは、イギリスをはるかに越えたのである。”

文化的成長と近代化に対するトッドの視点は、日本人の通俗的歴史観に対してコペルニクス的転回を要求する。我々は漱石以来の「外発的に開化した日本」というドグマを疑わなければならないのだ。近代化の起点はユーラシアの両極に存在した。それは北欧・ゲルマンと日本であり、それらの文化的成長は共に縦型双系の家族構造に宿命付けられていたのである。

“確かに日本は、経済的な領域で非常にはやく追いついた。というのも、経済は成長のプロセスの本質的な要素ではないからだ。しかし人類学的な領域でヨーロッパからの遅れを取り戻すという現象はなかった。それは、この根底的な領域においては、日本の成長は一度も遅れたことがなかったというきわめて単純な理由からである。”

“とりわけ1680年から1871年の間の日本について行なわれた歴史人口学のいくつかの研究は、この地域が、徳川時代といわれた時期にはすでにヨーロッパ型の人口学・人類学的なバランスを実現していたことを示している。”

日本の近代化は“開明的な”明治政府の努力の賜物ではない。また、戦後の急速な経済成長も“優秀な”官僚の御指導の御蔭ではない。それらは彼らの無能・無策にも関わらず成し遂げられたものであり、その真の原動力は家族構造にあったのである。

                     3 

楽観的な気質で人類の普遍性と進歩を信じるジャコバン派の著者ではあるが、啓蒙の闇に目を閉ざすことはない。「人類の進歩、各社会の進歩のそれぞれの段階は、まずは識字率によって要約することができる」が、「ある国、ある人民が大衆規模での識字化に達するとき、政治的な騒乱なしに進行することは稀である」と、識字化の社会的帰結を語り始める「第Ⅱ部」が本書の読み所である。

著者によると、若い男性の識字率が70%を越えたとき、大衆の暴力的な行動が発生する。それはフランスやロシアのように革命のかたちをとる場合もあれば、そうでない場合もある。いずれにせよ、掲げるイデオロギーは家族構造に規定されることになる。例えば、イラン革命は反近代的な退行現象のように見えるが、それは内婚制共同体社会特有のイデオロギーであり、ヨーロッパの市民革命と同じく近代化の一過程なのである。ここに、アラブ革命を予言したとされるトッド歴史学の重要なシェーマ「移行期危機」がはやくも顕現している。彼の未来を観る眼は鋭い。

“1984年(※初版が出版された年)頃で、三つの地域がまだそのイデオロギー的潜在力の発揮が待たれるが、それらはそれぞれ文化的な開発が遅れている三大地域に呼応する。アラブ・イスラム世界(極東のイスラム圏は除く)、イデオロギー的にはケララ州だけが唯一完全に活性化されているインド、そしてアフリカの全体がそれである。1985-2100年の間に極めて際立った政治的、宗教的な動揺が起こると見られるのは、このグループの国々においてである。”

人類の識字化は直系家族から始まり周辺部へと伝播する。その過程で移行期危機を経るものの、やがてその混乱も終息する。一部の未開社会を除いて、今世紀中に全人類の識字化が完了するであろう。時を待たずして、全世界的な人口の停滞・減少局面を迎えるに違いない。「世界の幼少期」は終焉を迎え、新しい時代 ― ニヒリズムの時代 ― が到来する。