不遇なる一凡才の手記

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『十字架と三色旗』

f:id:mukashi_otoko:20170820182531j:plain 『十字架と三色旗』谷川稔著/岩波書店

 

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一青年の焼身自殺に端を発した「アラブの春」から数年、事態は混迷を窮めている。相次ぐ騒乱にリベラル派が落胆する一方、保守派は事の推移を見透かしていたとばかりに冷笑しているが、両者とも短期的な視点に囚われているという点では同じ穴の貉である。我々は時間軸を中長期的に設定して出来事の深層を追求するべきであろう。そもそも、デモクラシーの母国を自称するフランスでさえ、第三共和政が一応の安定を見せるまでに、大革命から100年、二月革命を起点としても40年の歳月を要したのであるから。

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本書『十字架と三色旗』は副題に「近代フランスにおける政教分離」とあるように、フランス社会の信念である「ライシテ」の成立を歴史的に解明したものである。近代フランス政治史とは度重なるレジーム・チェンジの歴史である。その変転する政治体制の裏側で繰り広げられる激しいモラル・ヘゲモニー闘争こそが、じつはフランス近代史に流れる主要な通奏低音だと考え、十字架(教会)と三色旗(共和派)との闘争の歴史を幅広い資料から、ときには文学作品にまで目を配らせて描いた秀作である。

大革命の極端な反カトリック政策によって修復不可能かと思われた教会と革命政府の関係であったが、英雄・ナポレオンのイニシアチブによって和解が成立する。爾来、王党派と皇帝派がカトリックを擁護(利用)し、共和派が排除するという基本的な構図が出来上がった。途中、ブルジョワ王制下で共に苦汁を嘗めた両者が二月革命後に蜜月関係を結ぶ挿話が闖入するが、国民を「カトリック臣民」として位置付けるのか、それとも「共和国市民」として位置付けるのか、という近代フランス人のアイデンティティを巡る角逐は間もなく再開される。

闘争の分水嶺第二帝政後期から第三共和政に掛けてであった。共和派が公教育を牛耳ったことで、師範学校出身の教師が「共和国の司祭」として民衆の心性へ持続的に影響を与えることになったのである。特に、歴史教育が「聖史」から「国民史」へと移行したことが決定的であったように思われる。神授王権がカトリック教会によって聖別されたのにたいして、共和国の建国神話は「科学的」歴史学によって聖別されたのである。世紀が変わり、遂に1905年の政教分離法によって「ライシテ」の優位が確立し、現在に至る。

しかしながら、この「ふたつのフランス」の対立は政治の季節が廻る度に頭を擡げ、20世紀の、延いては21世紀のフランス政治を背後から拘束しているのである。

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さて、陳腐な発展段階史観に立つ心算は毛頭ないが、フランス近代史の知見が混迷する中東の理解に資すると考えても荒唐無稽ではなかろう。なぜなら、両者は人々が識字化する過程で起こる移行期危機という点で共通しているからである。ただし、重要な相違点もまた忘れてはならない。フランスは言うまでもなく一般に、政治や社会における近代化とは「聖俗一致・神授王権」の世から「国民主権主権在民」の世への脱皮であり、政治の脱宗教化すなわちライシテが指標のひとつであったが、中東世界ではむしろ事態は逆さまに展開しているように見受けられるのである。

恐らく民族や宗派の違いはあるが、同じイスラム教国で近代化(識字化)の先駆けであったイランに於ける革命を我々は再検討する必要があるだろう。つまり、ホメイニによる「聖俗一致」を近代化への反動と捉えるのではなく、近代移行期危機と解釈することで、一連のイスラム復興運動が理解できるのである。近代化と脱宗教をイコールで結ぶドグマは、ヨーロッパを近代化の模範と考える度し難いヨーロッパ中心史観に過ぎない。我々は近代(化)の定義そのものを根底から見直す必要に迫られているのである。

イスラム世界はこのまま宗教的でありながら近代へと移行するのか。それとも表層で繰り広げられる宗教的情熱の爆発の裏側で、民衆の心性はゆっくりと脱宗教へと向かっているのか。著者が望むイスラムはいかにしてライシテを受け入れるに至ったのか」という論文が書かれる日が訪れるのか否か、我々が探求すべき問題はここにある。

出来事という蛍の燐光に惑わされずに闇の奥を凝視する者だけが、中東の未来を見通すであろう。